2014年02月10日(月)

ローズガーデン

第15回国際バラとガーデニングショウが昨年も西武ドームで開かれ、私たち庭チャンネルも出展させていただきました。会期中の2013年5月11日(土)~16日(木)6日間の間になんと22万人近い方々が訪れ、会場は熱気に包まれていました。たかだかバラ・・・しかし、このバラが何ともガーデニングに興味を持たせます。

私も以前は「バラがきれい」とか「バラに夢中になって」という言葉を耳にし、何がここまで人を惹きつけるのかと感じていたのですが、いざ自分も始めて、よくわかりました。私のガーデニングの話なのですが、家を建て、庭を造ったときに、もう問題は始まっていました。バラにとっての命は、まず土がすべてと言ってよいと思います。もちろん、排水や日当たりや風通しなどの条件が必要です。そして、壁を伝わらせたり、垣根に這わせたり、テラスに絡ませていったりとそれは創造的に、また病害虫や管理にも気を使います。花の咲く季節が来ると、そのおかげで香りよい花をいっぱいつけた時の感動は誰かに感じてほしい、見てもらいたい、また夫婦で味わいを共にし、そして、花の季節になると毎日何回と同じ狭い庭でも眺める・・・そんな季節の感動がバラかもしれません。

毎週日曜日には、針金と、ビニール帯を持ち、テラスの下にバラを伝わらせながら、添わせながらと、いつしかテラス一面の屋根がバラのツルで覆われてしまいました。庭先では、バラを主役としたときに脇役となるジキタリスやルピナスなどの宿根草(しゅっこんそう)を混植し、季節になると、まるでイングリッシュガーデンの写真集にでも出てくるかのような風景が演出できます。そういった意味ではこれまでの日本にないような新しいガーデンの有様を作ることができます。

この庭造りで学んだのは、庭は買うものでもなく、形づくって終わるものでもなく、時間をかけて夫婦で一緒に造りこんでいくことが、こんな幸せな庭の暮らしを一緒に作れるとてもすばらしい時間になりえることをこの庭造りで学びました。ガーデンは自然と人との調和を保ちながら、大切なことは季節ごと、年を重ねるごとにその表情が変わっていくという自然観であり、それに庭造りをする人も時間もとても重要となります。そのすべての基礎となる庭の設計の基本は土木であります。

家内と石やセメントの塊、また山土を掘り返し、家との境から2年かけて土作りからしたガーデンは、本来なら専門の方と家を建てる前から、狭くとも夢を育てる庭の設計はぜひとも事前に指導していただき、家庭菜園やバラ、花壇、山木、宿根草、そして花作りなどの趣味を仕掛けておいてもらえば、そのガーデンのデザイナーさんには、一生のお付き合いの中、その出会いに感謝し、家と庭の幸せな暮らしを提案していただき「ありがとうございました」を持ち続けると思います。

2014年02月08日(土)

菜園ガーデン

近年、世界的な家庭菜園のブームが続いております。ガーデンで特に大事にされているのがライフスタイルです。電気仕掛けの省エネや自動化や工業品質的な考えの家を追求されるかたわら、本来住み手にとって大事なのは、幸せ感、暮らし感、ゆとりや安らぎ、そして季節や自然との共生などが大事ではないかと思います。「暮らしのストーリー」が大事なのです。

アメリカでは激しい住宅競争の中、めざすは生活の質や環境や本物を求めているようです。中国から大量に輸入されたコピーまがいの中国ガーデニング製品の売場は閑散としていますが、ヨーロッパの有名なガーデンセンターは高い価格にもかかわらず、お客様でとても賑わっています。何よりもお客様の滞在時間が長く、商品というよりもガーデンのライフスタイルという目線で見ているということがわかります。

日本の園芸売場の主役は、圧倒的に家庭菜園でした。暮らしの中での家庭菜園。主役は夏の暑さに強いゴーヤやつるもの、きゅうり、トマト、なすび、庭は満ち溢れるように菜園に変わります。広さのあるところでは中庭を使った菜園、限られたスペースでも建物や塀に沿った細いボーダーガーデンやステップの間や隙間に植えられたアプローチ菜園、寄せ植え感覚で楽しみながら食べられるコンテナ菜園など、さまざまなスタイルがあります。玄関でもポット菜園でお隣さんとのコミュニケーションになります。エントランスから、プライベートガーデン、そしてテラスやポーチの下まであらゆるところに展開できます。最近では、「レイズドベッド」と呼ばれる植物を植え込む仕切りを木枠や色んなもので仕切った、中に防根シートを入れ、排水も考え、家庭菜園のミニ畑を作るのが流行っています。

このような中で一番大事なのは、この家庭菜園スタイルの基礎です。家庭菜園の暮らしの基礎は、良い土、排水、日当たり、そして屋内の暮らしとの生活の動線です。気が付いたら、外構はセメントばかりになってしまっていたり、ガーデンのリビングなんて動線を無視をしたレイアウト。すべての基本を設計するのはプロの業者です。今までのように工業的な価値が統べてかのような時代ではなく、個人の生活価値、幸せの価値、自然と共生、会話やコミュニチィーなど、文化型な庭暮らしへの大きな変化が世界中に広がり始めています。

2014年02月06日(木)

リビングガーデンスタイル

テラスルームを作るのであれば、ダイニングやリビングルームの延長線上を意識して作ります。これによって屋内の部屋と屋外の部屋が一体となった感覚が生まれます。

これからのガーデンスタイルには大別して「ファミリー」「ジャパニーズ」「ボタニカル」「リゾート」の4つの“庭の暮らし”が設計できます。中でも「ボタニカルリビングガーデン」は家庭菜園を基本として野菜を育て、収穫し、料理し、家族のコミュニケーションを大事に考える庭くらしです。

家庭菜園が好きな方は、その土にこだわり、バラや樹木やアプローチの間にトマトや子ねぎなどの野菜を植え込んでしまうぐらいです。食事やお茶の時間は、花の香りや緑のそよぎや鳥や虫の息吹を感じ取れるすばらしい感動の場になります。

反面、植物の管理が面倒で時間が少なく、ゆっくりリラックスしたいという方には、「リゾートリビングガーデン」がよいでしょう。できるだけ土は避け、ガーデンポットに植物を植え、噴水や小さくてもプールが設けられています。そして、つるもの植物が日影を作る。夕暮れ時にはやさしい色をしたガーデンライトが、静かに昼間と違う味わいを照らし出す・・・。そこはリゾート気分をしっかり満喫できます。

「リゾートリビングガーデン」の日本型は、省スペースで、風通しのよい壁の目隠しがあることです。リラックスできるファニチャーにウォーターガーデンの要素を加え、ローボルト式のほのかに光るガーデンライトを一室多灯にし、夢の世界を演出するのも良いでしょう。まさに「リゾートリビングガーデン」は、これからの5番目の部屋の代表であるような気がします。

2014年01月31日(金)

市民農園

世の中は家庭菜園ブームです。最近は、畑付の賃貸住宅も増えてきているとも聞きます。この野菜を作る(食べるものを作る)という家庭菜園の起こりはどのような背景から生まれたのでしょうか。

クラインガルテンという名前で、世界に知られているドイツの市民農園は1832年に失業対策事業を兼ねて、市民の手で開墾させた農園から始まったと言われています。現在のクラインガルテンの形態になったのは、シュレーバー博士の功績が大きくあります。ライプチヒ市の医師であった彼は、産業革命の影響による都市化に伴う生活環境の悪化から、子供達の健康のために遊び場の必要性を唱えクラインガルテンの概念を固め、彼の死後、弟子のハウシルドがこの思想を受け継ぎシュレーバー協会を設立し、1865年に子供の遊び場を持った菜園をつくりました。他のヨーロッパの国でも同様に市民農園が食糧供給の上で重要な役割を果たしたとされています。

しかし、戦後になって物を買う余裕がでてくると、自分で野菜を育てることは貧しさを示すこととなり、市民農園運動も低迷するようになった一時は貧しさの象徴であった野菜づくりを含めて、市民農園は環境に対する創造的な活動として見直され、生活の中に根付いた運動として現在に至っています。

家庭菜園づくりは五感を使うため、感性が豊かになる植物を育てることは、視覚・触覚・聴覚・嗅覚・味覚の五感を刺激し、忘れかけていた記憶を呼び起こしたり、感受性や感情を豊かにする効果があるといわれています。これが世に言われる園芸療法です。

ガーデニングは季節や天候にあわせて水や肥料を変えたり、温度管理に気を使ったり、常に頭を使って工夫をしなければなりません。また、先の計画やガーデンデザインを考えるなど、一年中考えるネタは尽きません。特に日本のように四季が明確な国ではなおさらです。

このような一連の「頭脳労働」が高齢者の認知症を防ぎ、老後をいきいきと過ごすために特に効果的とも言われています。日中作業をすると日光を体いっぱい浴びるため、自然に体が丈夫になります。特にカルシウムの吸収を助けるビタミンDは、日光に当たることで体内にたくさん作られ、骨を丈夫にするためにも、日光を浴びることはとても効果的なのです。

園芸療法は、一人ではなくチームで行われることが多くあります。皆で知恵を出しあって植物を育てることで仲間意識が芽生え、人と協力して作業をすることの醍醐味を味わうことができるからです。

家庭菜園は時代の中で考え方が変化していっています。食べれるものを作る。安全なものを作る。健康を作る。子供の教育に食育として学べる。何よりお年寄りの健康を維持するに、体も、頭も、人とのコミュニケーションも、また旬な季節を食し健康を保てるというすばらしい、万能の分野であることは間違いありません。

この市民農園の発想からくる、食べるための野菜作りという家庭菜園は、歴史の中で実践されたように、食べること、元気になること、精神的な癒し、皆で共同作業する、そして何より、生きていることの命の意味を、またすばらしさを思い知らされるなど、これからの暮らしの大きな手段になるのではないかと思われます。住まう、ということの中で家庭菜園や市民農園は本当に大事なものに気づくよいチャンスかもしれません。

2014年01月22日(水)

本物の暮らし

京都の暮らしでは四季を楽しむことを大切にします。季節ごとに部屋のしつらいや料理の器を変えて四季を味わうのです。何も高い料理を食べることが贅沢や豊かさではないと思います。季節感を楽しむ暮らしこそ本物の豊かさです。

「本物」は世界の共通言語です。庭や畑は子供たちの勉強の場でもあります。今、流行っている家庭菜園ですが、例えばトマトを捥いで食べることで、本物のトマトの味を味わい、野菜は地面から生えてくること、食べるためには種をまいて植物を育てることが必要なことを学べます。

最近よく報じられるように野菜もカブトムシも売っているものだと思っている子供たちが多いらしいです。子供のときから自然に接して植物を育てる大切さを体験的に学ぶことが今とても重要だと思います。

季節に暮らし、自然の時間で暮らす・・・。これが最も人らしく、生き物らしく、また本物の行き方ではないでしょうか。

庭はいろんな大事な意味を持っています。室内からの延長線上での暮らし。人それぞれのスタイルをつくるプライベートなガーデンの暮らし。でも結局庭づくりを通して出来る暮らしというのは「じっくりこだわって楽しむ」という意味でのスローライフではないのでしょうか。人が動物としての最も無理の無い生き物のスピードに戻れるときです。一方で、ファーストフードに代表される速さや効率、成果だけを優先する概念があります。これはどちらかというと人間が作った経済市場主義的な発想の影響下にあるような気がしてなりません。

本来の日本にはもっと文化やプロセス(生きていく、暮らしていく)に対してじっくりこだわって大切にする姿勢があったはずです。今、そうした日本の文化を見直すべきだと思います。今こそ本来持っていた自然観や自然と共生する暮らしの知恵を、もう一度見直す時期だといえます。人の五感をフル活用して植物に親しみ、おいしくいただく、食文化の提案、もっと身近に家庭菜園を楽しむ方法、日本文化を新しい視点で見直す絶好の時期ではないかと思います。

リフォームする、家を建てかえるのことの意味は、よく考えれば自分たちのより本物の暮らし方を見直せる絶好の機会でもあるのかもしれません。庭という世界を考えてみると分かりやすいのかもしれません。